RHK
霊波之光

TEL 04-7121-2111

〒278-0022 千葉県野田市山崎 2683-1
東武野田線運河駅下車 徒歩7分
E-Mail info@rhk.or.jp

暖かい心は あいさつから 笑顔と思いやりに 喜びと幸せ

御 由 来

御由来(ごゆらい)のご紹介

御守護神様の御聖誕から御聖行、そして霊波之光の発足までの出来事を知ることによって、なぜ 御守護神様と御つながりすることで幸せになれるのかが解ります。

1913年(大正2年)の春のこと、一日の畑仕事を終えた御母堂様が、疲れた御体を横にし、休もうとされた時でした。
 燦然と輝く御光とともに「汝に八人の子を授ける。五人は丈夫に育つべし。男子おそけれど、心して、大切に育てよ」という御言葉を頂いたのです。
「夢ではない」。御母堂様は横になられましたが、まだ、眠りについていなかったのです。

こうした不思議なことがあってから2年後、1915年(大正4年)の7月2日、御言葉のとおり男子が誕生されました。この男の子が 御守護神様です。
 女の子ばかりの中に生まれた初めての男の子。 御両親にとっては、それこそ目の中に入れても痛くないほどかわいい男の子なのにどうしたわけか御体が弱く、御母堂様の御苦労は大変なものでした。
 しかし、病弱だった 御守護神様も、小学校に入学する頃には御元気になられ、たくましく成長されます。

1936年(昭和11年)1月、軍隊へ。2年間の兵役が満期を迎えようという時、日支事変(日本と中国との戦い)が始まって、機械化部隊として中国に。
 そして間もなく、 御守護神様はいくつもの重い病に侵されて、病院船で広島へ。陸軍病院から療養所に移されて治療が続けられました。
 しかし治る見込みもなく、ただ死を待つばかりと知った 御守護神様は、療養所を自己退所して、懐かしい我が家に帰られます。
 御両親をはじめ御姉妹の手厚い看病を受けながらも、 御守護神様の苦悩は少しも和らぐことはありませんでした。

往診の医師は「長くもってもあと一カ月」と宣告しました。
 そうしたある日、我が家の神棚と仏壇が目に留まりました。「昔から神様、仏様といわれている。しかし、本当に、神は、仏は、あるのだろうか」
 御守護神様は神仏の有無を求め御旅立ちを覚悟されました。そして重病の御身で、山に入ると言い出され、 御両親は強く反対されましたが、 御守護神様の決意は変わりませんでした。
 御母堂様が差し出された杯には、冷たい水が注がれていました。別れの水杯です。1939年(昭和14年)6月8日の事でした。

東京駅から夜行列車で一路西へ。四国・高松に渡られた 御守護神様は、霊峰山をめざされます。
 衰弱しきった御体を、夏の厳しい太陽が容赦なく照りつけます。
 御守護神様は、汗にまみれながら一歩一歩登り続けられました。
 あまりののどの渇きに水を求めて谷川に下りられた時、ついに喀血。見知らぬ老婆の親切に助けられたりしながら、霊峰山をめざされます。

そして、朽ち果てたお堂を見つけ、そこで21日間の座禅を組むことに決められました。しかし、骨と皮ばかりにやせ衰えられた御体では、座ることさえも耐え難い苦痛でした。

21個の小石を目の前に並べられ、夜が明ける度に1個ずつ捨てて日数を数えます。
 13日目、白髪の老人が現れ「まだ、まだ、不思議はこれからじゃよ」と、何か意味ありげなことをつぶやきながら姿を消しました。
 いよいよ21日目。最後の石が取り除かれました。ゆっくり立ち上がった 御守護神様は、目の前の岩山を登られ、山頂で月に向かって生きる難しさを訴えられました。

下山し、力尽きて横になっていると、突然、空から白雲が舞い降り、 御守護神様の御体の中に吸い込まれました。
 同時に、大宇宙神の御声が響きます。 「汝生きよ。汝は神の使いなるぞ」「汝、神の道を行け。まっすぐな神の道を行け」と。

その時、御守護神様は、御体全体がすっと軽くなったと思われますと、死ぬような苦しみだった全身の苦痛が消え、まったく別人のような元気な御体になっていたのです。
 御守護神様の全身をむしばんでいた病気が一瞬のうちに消えたのです。この日がなんと、 御守護神様が24年前、この世に産声を上げられた日と同じ7月の2日でした。

御元気になられた御守護神様は、山を下りられ医師の診断を求められました。 医師は「やせてはいるが健康体」だと告げました。
 すっかり健康を取り戻して帰られた 御守護神様に御家族は喜ばれます。 しかし、 御守護神様は、山中で聞かれた不思議な御声にひかれるように、再び山に向かわれたのです。

こうして、御守護神様の神仏を求めての御聖行が再び始まったのです。

そして、1954年(昭和29年)の3月7日。 御守護神様は、大宇宙神より、神と人間をつなぐ使命を託された御分神であることを、教え悟されたのです。
 更に御守護神様は、今までの不思議な出来事、 御守護神様の御苦しみなど全てが、 大宇宙神の定めによるものであることも教え悟されたのです。
 御守護神様は、大宇宙神の御心をこの世に実現されるために、その後も厳しい御聖行を続けられました。

1957年(昭和32年)。救われた人達の手で、千葉県松戸市馬橋の小高い丘の上に仮本山が建立され、救いの御手が大きく広げられることになったのです。
「霊波之光」の誕生です。
 救われた喜びの和は年を追うごとに大きく広がり、1969年(昭和44年)3月7日、 御守護神様に仮本山から現在の野田市山崎の新聖地へ、御遷(うつ)り頂きました。

それから15年、更に喜びの和が大きく広がり続ける中、1984年(昭和59年)3月19日、 御守護神様は、二代様に後を託されました。

永遠不滅の霊波、御光となられた 御守護神様は、 二代様を通して、私達に尊い御力を注いで下さっているのです。

御由来『神への道』より